医師という仕事の未来

2013年11月1日

東京ハートセンターセンター長
医師

医師資格は世界共通

 あたりまえのことですが、世界中の人々の体の構造は同じです。ですから、一人前の医師になれば、それは世界中で通用するはずの「資格」なのです。
 もちろん文化や言葉の違いはあります。死についての考え方はその人が信仰する宗教や、魂の強度によって少し変わってくるかもしれません。しかし、親子の情愛や家族を大切にする気持ちは世界中変わることはありません。ひとたび人体を相手にすれば、医師がすべきことはどこの国でも同じなのです。
 私の専門の心臓外科など、まさに世界共通のルールで治療に参加できます。まったくわからない言語が使われる環境でも、間違いなく可能です。まず心臓が同じです。そして手術方法、その考え方、トラブルの避け方、いずれも世界共通です。本物の技術を持った「プロ」であれば、いつでもどこでも誰に対してでも、医師としての実力は如何なく発揮できます。言わば100メートル走のトップアスリートと同じです。足さえ速ければ世界ですぐに通用するのです。
 現実問題として、国ごとのライセンスの違いなど、壁がないわけではありませんが、これからはFTAやTPPが象徴するように、グローバル化の時代です。全人類同じ医療、という考え方が広まることでしょう。世界共通医師資格、世界共通専門医資格、といった制度が確立されてしかるべきです。トップアスリートの資格が世界共通であるように、「プロ」医師の資格を認めない文明社会はありえないのです。

生涯現場で自分の力が求められる

 トップアスリートを例に挙げましたが、彼らに共通する現象があります。彼らはライバル同士なのに、試合で顔を合わせると仲のいい友達同士に見えます。単に挨拶するだけでなく、情報交換し、互いに意識し合い、コミュニケーションし合います。この時彼らは意識をシンクロナイズ、つまり同期させているのです。こうして自分の位置を確かめ、日々精進し合い自分を奮い立たせているのです。ただし群れを作るのとは違います。負け組は群れたがりますが、勝ち組は群れません。では、どうすればそんな一人前の医師たちの仲間入りができるのでしょうか。
 大切なのは現場です。一人の医師として、全身で患者をしっかり受けとめ、診る。何より大事なことは、目の前で起こる患者さんの病気や治療の成り行きをつぶさに観察、分析し、そして何かを感じ取ることです。そうした姿勢で経験をコツコツと積み重ねて行けば、実力が身についていきます。他の職業と違って、医師は転職とは無縁です。医師の経験は医師である限り生涯有益に生かせます。すべての患者の思い出が自らの血となり肉となり蓄積し、それを永久に次の仕事に生かせます。生涯現場に居続けられる、あるいはそれが普通、というのが医師に仕事です。
 まさにそれは「手に職をつける」とも言えます。言い換えれば「現場にこだわる」ということです。医師は生涯、現場で這いつくばって駆けずり回る仕事なのです。患者の不平不満に耳を傾け、時に嘲りを受け、恐怖と不安の中で一人ひとりの患者を治療します。そして最後まで妥協しなかった自分、恐怖を乗り越えた自分を見たならば、世界中の誰にも負けない充実感、達成感を味わうことができます。診療の途中で敗北のどん底に突き落とされることも少なくありません。自分の診断や治療は間違っていないだろうか?不安でいっぱいの毎日です。50歳を過ぎても60歳を過ぎても同じです。ずっと現場で汗水たらす仕事なのです。これは本当に素晴らしいことです。それだけ自分が求められている、ということにほかなりません。

大切なのは現場です。
経験を地道に積みましょう。

実力があればヒーローになれる仕事

 ところで皆さんはひょっとして人生の成功は偉くなって、部下をあごでこき使って楽をして給料をがっぽりもらえるようになること、と勘違いしていませんか?仕事もしないで権力の座にのうのうと居座る社会悪を「不耕貪食の徒」と江戸時代の八戸の医師、安藤昌益は酷評しましたが、そんな立場の人はこの社会には一人もいません。皆、給料に見合った仕事と重い責任を背負っています。医師もその例外ではありません。
 医師は個人の技能と人間性が患者に一瞬にして見抜かれてしまう、実力第一の仕事です。見えないところで一生懸命働いていても、認めてもらいにくい仕事もあります。世間というのはその点、バカばっかりです。私もそのバカの典型で、他の職業のみなさんが日頃どんなことで神経をすり減らし、時に理不尽な扱いに耐え忍んでおられるのか、ぜんぜん知らないのです。ところが医師は違います。
 「本当にありがとうございました」
 患者さんから心のこもった感謝の言葉を頂戴します。そして仕事、つまり治療の成果をしっかりと受け留めてもらえます。特に心臓外科の成果は誰の目にも明らかです。肩書きや経歴など関係なく、結果できっちりと判断してもらえるのです。まさに「観客が見守る中、大活躍してヒーローになれる仕事」といえるのではないでしょうか。

美しものの中に身を置き、
愛を育む医師になりましょう。

医療の根源は愛

 医師になって醜い人間の姿に触れることもしばしばあります。患者の妄言や、言われのない非難に合うこともあるかもしれません。
 そんなとき私は患者さんの本当の心はどこにあるのか、より深い考察を試みます。「愛」は医療の根源と言われており、「愛」なくして本当の意味で患者を治すことはできないと信じているからです。「愛」というと陳腐に聞こえるかもしれませんが、プラトンの『饗宴』に登場する巫女ディオティマが定義した「愛」を私なりに要約すると次のようになります。
 「美とは善きものであり、普遍的な価値を持つもの。その美の中で新たなる魂を出産する事こそが愛である」
 芸術家や職人、立法家はそれができるとディオティマは言いますが、医師も「新たなる魂」を出産する職業の一つにほかなりません。
 医師にとって「新たなる魂」とは「患者の再生」です。医師が「美の中にある」とはどういうことか。豪奢な家に住み、高級車を乗り回すということではありません。医師にとっての美とは、例えばライバルとするに相応しい美しい医師たちを見抜き、その中に自らの身を置き、また自分も彼らから一目置からる医師となれるよう研鑽を積み続けるということでしょう。自分がそうした在り方になれたなら、自然と患者の言葉の本意を理解できるようになり、患者もまた医師の言葉を理解し受け入れてくれるようになるのです。
 患者の再生を心から願い、それに従事する医師になるためには、美しきものに囲まれて生きること。そうすれば目の前の患者だけではなく、広く医療の発展に寄与し、世界を愛で満たすことのできる医師になれる、私はそう思うのです。

(出典 週刊朝日MOOK)

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