医学部受験を完勝するために(2)

2014年5月7日

その2:小学校時代に何をしておくべきか(その2)

(1)中学入試は「別の学習分野」であると考える

前回において私は医学部受験という高いハードルから話を進め、次に医学部受験が仕事に直結している点を述べ、さらにこれらの点を受けて小学生の時期には算数では計算問題を独習すべきことについて説明いたしました。そこで今回は、小学生時代において医学部受験・合格を目指す上で何をしておくべきかを、別の観点より解説していきたいと考えています。

来るべき医学部受験を突破するには、国・公立医学部あるいは有名私大医学部に合格実績のある私立中学に進学する方が断然有利です。そのためには、これまた当然そのように私立中学に合格実績のある進学塾で受験勉強をしていく必要があります。むろん、家庭教師という方法もありますが、かなりのノウハウを有するプロ級の先生でなければ、上記のような私立中学合格のための指導は難しいでしょう。家庭教師に付いて勉強するのであれば、“プロ教師”と銘打っている家庭教師派遣の専門センターをお勧めいたします。

他に独学という方法もないではないですが、個人的な勉強だけで太刀打ちできるほど入試は甘くはありません。はっきりいいますと、現行における公立小学校の勉強レベルと医学部合格に実績のある私立中学の入試レベルとは、まったく別物であると思ってください。否、それは似て非なるものどころではなく、中学入試という「別の学習分野」であると考えていただいた方がよいと思います。したがって、いかにその生徒の公立小学校での成績が優秀であったとしても、平素の学習習慣の延長のような感覚で私立中学進学を考えても、ほぼ100%失敗するでしょう。

(2)思考力の要求される問題の増加

ところで、最近の私立中学入試では、どの科目においても問題の傾向が変わってきたようです。例えば、いたずらに奇をてらうような問題や、百科事典並みの膨大な知識量を要求する問題、明らかに中学・高校の学習単元であるような範囲の問題はほとんどすがたを消しています。しかし、決してここで誤解しないでください。それは問題のレベルが下がったわけではなくて、別の点でレベルが上がったことを表しています。では、その「別の点」とはいったい何でしょうか。

最近の私立中学の入試問題では、知識・情報の量ではなく、知識・情報を基にして自分なりにどう考えるのか、という形態の「考える力」を重視した出題が増えています。つまり、「なぜ、そうなるのか」を自分の言葉で説明する記述型の問題が増えているのです。いわば、知識・情報を基にした積極的で強靭な思考力が要請されるといえるでしょう。これは特に難関といわれる私立中学において見られる現象ではありませんが、国・公立医学部あるいは有名私大医学部に合格実績のある私立中学私立中学では、この傾向が強いようです。

この点を具体的に説明するためには、かつて知識・情報の網羅主義が目立った社会科を例として説明するのが最も妥当でしょう。例えば、公民的分野においての次のような記述問題はいかがでしょうか。

経済活動の自由が保障されることによって、社会はどのように変化していくか。「自由競争」という語句を使って説明しなさい。

このような出題では、「基本的人権における自由権に含まれる経済活動の自由」という項目の機械的暗記だけでは対処できません。平素から新聞やテレビのニュースを見て世の中の動きに敏感になるとともに、興味を持った事象について生徒自身が深く考える習慣を身につけていなければ、こうしたタイプの問題には対応できません。また、ご家庭としても、子どもの疑問に保護者が単純に答えを言うのではなく、一緒に考えて答えを導き出すような雰囲気づくりが必要となります。逆にいえば、そうした習慣を体得している生徒を入学させたいという私立中学側の意向が、入試問題に反映されているともいえるでしょう。では、このような生徒を私立中学側が、なぜ入学させたいのでしょうか。

(3)医学部受験における記述問題にも思考力は必要不可欠

それは、6年間にわたる医学部入試のための受験勉強及び合格という長丁場を戦い続けるには、単に受動的な思考しかできない生徒では、あまり好ましくないという考え方があると思われます。さらに、この点に関しては、医学部入試において記述問題が出題される状況とも符合しています。ある受験生(国立医学部合格)は、合格体験談の中で、およそ次のように語っています。

多くの受験生が苦手とする記述問題は配点が大きいため、白紙にしてしまうのはもったいないです。記述問題は文字数が多く、事項や語句の暗記だけでは解答を書くのが難しく思考力も相当要求されると思います。そこで、何を書けばよいのか困るかもしれませんが、用いるべきキーワードを上手く選択できれば、部分点につながります。また、わかりやすく、まとまりのある文章も書きやすくなります。

そのためにはまず、教科書や資料集を熟読するとよいでしょう。これは、機械的な暗記とは異なり、根気のいる作業です。教科書には記述問題に使える言い回しが多く載っています。資料集は図や表が豊富で、重要な用語の繋がりが覚えやすいです。重要な用語を理解し、その意味を考えながら自ら説明できるようにすることを意識して、繰り返し読むことが大切でしょう。そうすれば、記述問題でキーワードを選択しやすくなるでしょう。そして、実際にキーワードを考えて文章を書き、模範解答と見比べ、足りない部分を明確にして、再び書き直すことを繰り返すと、記述力に磨きがかかります。

このような記述式問題が得点率の高い設問として出題されるのであれば、単なる受動的な学習過程ではない、日常的な思考力の鍛練が物を言うはずです。それならば、私立中学側としても前記のごとく、知識・情報の量ではなく、知識・情報を基にして自分なりにどう考えるのか、という「考える力」としての基本のできた生徒を求めることは当然でしょう。

(4)大学医学部においても必須の思考力

さらに、記述問題出題の背景には、次のような状況も考えられるでしょう。すなわち、多くの大学医学部においても、このような「考える力」に重点を置く積極的な学習姿勢と強靭な思考力を持つ学生を求めているからです。これは私がある編入試験の予備校で実際に見聞したことですが、医学生の中には結講落伍者がいるということです。そのような学生は取得した単位を活かして、他の理系学部に編入して学生生活をやり直すケースが一般的です。最も多いのが薬学部への編入でした。彼らが言うには、「高校から医学部受験まで取り敢えず試験問題を効果的に解く練習をしてきたが、医学部に入ると与えられた問題を解くだけではない高度な思考力が求められる場面が多くなり、結局ついていけなくなった」という状況だそうです。例えば、ある大学医学部では教育方針として次のような理念を語っています。

現代の医師に求められているのは、患者さんを思いやる心をもち続け、生涯を通じて常に新しい知識や技能を学びとろうとするアクティブな姿勢です。そのため、基礎的な知識や技能をしっかりと習得し、それを応用する思考力を身につけることが重要になっています。将来の医師像を踏まえた医学部教育において最も大切なことは、受動的に知識を取得するのではなく、自ら学び、考え、問題を解決する能力を育成することです。皆さんには自ら学習する習慣を培っていただきたいと思います。そのためには、授業は教員による一方向の講義ではなく、質疑応答を多く取り入れた双方向のものが好ましいと考えています。また、保健医療の場においては、チームメンバーと協調して問題を解決するなど、その専門職に必要な基本的態度と習慣を身につけていただきます。

このような大学医学部の理念を一読しても了解できるように、一定の知識・情報や技術以上の能力が要求されるのです。それは、問題解決能力は当然のこととして、さらに自分で問題を見つけて解決していく思考力です。加えて、チーム医療の現場に立って協調していく能力も不可欠のものです。要するに、既成の問題だけを機械的にこなす単なる点取り虫では、かかる状況には対応できません。

しかし、これは考えてみれば当然のことです。医学は自然科学の一つの大きな分野ですから、その発展には自由な発想が非常に大切です。押し付けられた発想からは、新しいことは何も生まれないでしょう。例えば、わが国の高齢化は急速度で進んでいます。総務省の調べでは2013年現在で25.1%となっており、4人に1人を上回りました。今後は人口の高齢化により認知症や生活習慣病その他の疾患を病む高齢者がさらに拡大していく可能性があります。むろん、それは医師の仕事の領域が拡大して活躍の舞台が広がる状況をもたらします。しかし、その反面個々の患者に対応した医療が求められてくるでしょう。つまり「個への充実」です。そのような場面に遭遇した場合、果たして担当の医師は適切な対応ができるか否かが問われてきます。ここに自由闊達な思考力が求められる点は申すまでもないでしょう。

以上のように、医学部を目指す受験生諸君には随分先回りした話となってしまいました。しかし、医学部に進学実績の高い私立中学の入試問題が変貌してきた背景には、このような医学部における将来的に望まれる医師像がある点を理解していただければ、今後の勉強のモチベーションアップに繋がると私は思います。それでは、次回はまた別の観点から医学部受験を完勝するためのポイントについて解説していきます。

カテゴリー:医学部受験のツボ

医学部受験を完勝するために(1-1)

2014年4月22日

その1:小学校時代に何をしておくべきか(その1)

(1)医学部受験という高いハードル

医師になるためには、いくつかの高いハードルを越えていかなければなりません。その中で、もっとも難関なのが医学部入試です。実は、半世紀ほど前までは、医学部入試は現在ほど難関ではありませんでした。ところが、1958年に国民健康保険法が制定され、61年に全国の市町村で国民健康保険事業が始まりました。そこで、「誰でも」「どこでも」「いつでも」保険医療を受けられる国民皆保険体制が整いました。これにより、医師の収入が保険収入によって安定してきた頃から、しだいに医師志望者が増加してきました。しかも、近年では医師不足が叫ばれていますので医師という職業は今後一層、重要視されてくることでしょう。そして、現在のような難関としての医学部入試の状況が出来上がっていったと思われます。 

いうまでもなく、医師という職業は苦労も多いが、魅力に溢れています。おそらく、医学部志望の高校生は全国でも一学年に数万人はいるでしょう。しかし、そのうちで受験に成功し晴れて入学できるのは毎年約9000人であるといわれています。つまり医師になるには、かなり厳しい“受験戦争”をくぐらなければならないのです。

(2)医学部受験は、受験勉強そのものが仕事に直結している

これは非常に大切なことですが、いわゆる受験勉強の中で、今行っている勉強がそのまま将来の仕事に直結しているのは、医学部受験だけであるという点です。むろん、これに準ずるものとしては歯学部や獣医学部も考えられるでしょう。看護学部や薬学部もそれに近いと思われます。 では、それ以外の学部ではどうでしょうか。

例えば、法学部の受験を考えている高校生の全員が、弁護士などの法曹界で仕事をすることを志望しているわけではないでしょう。法学部を卒業して公務員を目指している高校生も多いはずだからです。また、医学部受験の場合、「ここは有名大学なので取りあえず、この学部でいいや」という姿勢で受験する高校生も皆無であると考えてよいでしょう。つまり、「この大学であればどの学部でもよかった」などという考え方での受験は、まずあり得ないということです。したがって極端なことをいえば、この逆はありえます。すなわち、学費のことを考えなくても済むのだったら「医学部であれば、医師になれるのであれば、どの大学でもよい」と。

いずれにせよ、要するに医学部を受験するのは「医師になるため」と強く思っている高校生が大半ではないでしょうか。すなわち、医学部受験のための勉強は、将来の仕事と直に繋がっている営みなのです。もちろん、医学部に入学しても、膨大な量の専門の勉強を継続していかなければなりません。ぶ厚い専門書を脇に抱えて歩く医学生を、私は何度も目にしています。彼らは、それを理解するだけではなく覚えないと卒業できません。しかしながら、医師国家試験の合格率は今や90%前後に達しています。加えて、医学部を卒業しておれば、医師国家試験を繰り返し受けることが可能です。つまり、医学部に合格し真面目に6年間の医学生生活を送れば、ほとんどの人が医師になれるのです。こんなにはっきりとした人生の道筋は、あまり例がないといえます。これは受験勉強それ自体が将来の医師という明確な職業に直結しているという、医学部受験ならではの実像といえるでしょう。

(3)差がつきにくい算数

医学部受験を考え、医師という仕事に就きたいと考えている生徒諸君はもう小学生の間から、中学受験を視野に入れて日々勉強にいそしんでいることと思います。否、逆にいえば医学部受験は小学生の時期からはっきりと意識して取り組んでおくべきです。そこで、今回から近未来における医学部受験をにらんで小学生時代にしておくべきことに関して述べていきます。まず、最初は算数からです。

はっきり言って、小学生でかつ医学部受験を考えている生徒諸君には、算数が好きで得意というタイプが多いようです。それは、保護者の方が医師である場合、子どもの思考様式がどうしても理系に傾くという現実があるようです。この点に関して、私はいわゆるDNA云々をあげつらうつもり毛頭はありません。むろん、それも多少はあるでしょうが、今まで多くの生徒諸君に接してきた経験から申しますと、保護者が医師の場合には、ご自身も算数・数学や物理が好きかつ得意というケースが一般的でした。それは、きっと医学部での修学時代における実験実習や日頃の仕事において、数理的な定量分析や検査を当たり前のように熟してきたからでしょう。そうなってきますと、日常生活でも数理系の話題や思考パターンが如実に現れることもしばしばでしょう。それが生徒諸君に少なからぬ影響となって顕在化するものと、私は考えます。

例えば、私が見聞したケースでは算数の問題の解法をまるでゲームのように、あるいはクイズのようにして親子で遣り取りの会話をしているシーンがありました。その状況を後で保護者の方に尋ねてみますと、返ってきた答えが次のようなものでした。「算数だと具体的な知識があまりいらないから、頭の中だけでお互いに考えることができるから」と。なるほど、そうかもしれません。これが社会科等のある程度の知識が必要なものだと、どうしても人生経験や今まで蓄積された情報量に左右されます。しかし、算数ならば一定のルールさえ覚えておけば、あとは理屈だけです。いわば、「子どもにもわかる」という明解な教科であるといえるでしょう。また、物理なども、特に理論物理ならば「紙と鉛筆だけで理論構築ができる」と言ってのけた科学者もいたくらいです。

しかしながら、ここで上記のような状況を考えてみるとき、私は逆にある危機感を覚えます。それは、将来の医学部志望における生徒諸君がこのように算数を好きかつ得意とするならば、この教科に関しては「差が出にくいのではないか」という点です。つまり、算数については「できて当然」ということです。

むろん、灘中や東海中などの国立大医学生を多く輩出しているような難関校を受験して合格するには、独学では大変であると思われます。このような学校に合格するには、専門とする塾に通ったりプロ級の家庭教師に習ったりする必要があるでしょう。このような塾や家庭教師といった専門家は、それこそ難関中の過去問や類題についての解法等を徹底的に指導してくれます。しかし、この点に関しても、いうまでもなく大概の保護者や生徒諸君は心得ているのではないですか。そうであるならば、このような状況では、私のいう「差が出にくいのではないか」あるいは「できて当然」が、ますます迫真性をもって理解されることと思います。では、その他にできること、否、しておかねばならないこととは何でしょうか。

(4)日頃あまり顧みられない計算問題を独学で固めておく

それは、計算問題に習熟しておくことです。先ほどの、算数をゲームのようにして親子で会話していた例では、計算問題のような問題ではなく文章題や図形の問題でした。その生徒が言うには、「計算問題は面倒くさいから扱わない」とのことでした。しかし、ここで一考すべき点は、ほとんどの生徒が塾や家庭教師に学んで難しい問題に慣れ親しんでいる以上、最終的に鼻の差で合否を左右するのは、むしろ日頃あまり顧みられない計算問題ではないでしょうか。よく生徒諸君からの声では、「計算ミスをして模試の順位が下がったので悔しかった」「せっかく式ができたのに最後の計算でポカをやった」等々を、私は過去に何回も耳にした記憶があります。この場合、「単なる計算ミスだから、たいしたことはない」という甘えは禁物でしょう。そんな甘えは厳しい「医学部への道」では通用しません。むしろ「1点の差」を重んじるべきです。

いうまでもなく、難度の高い文章題や幾何の学習については、塾や家庭教師等の専門家に教えを請えばよいのです。しかし計算問題であるならば、独学でも十分に練習ができます。さらに計算問題というのは、一度解き方のルールさえ覚えれば自分でどんどん先に進むことも可能でしょう。別に低学年であっても、そのルールさえ会得すれば入試レベルの計算問題にもチャレンジできるはずです。これほど簡単に実行できて、しかも近い将来における中学受験に役立つ自学自習はないのではないでしょうか。長い間の生徒と接してきた経験から、私はこの試みを是非お勧めいたします。

以上、私は今回において医学部受験という高いハードルから話を進め、次に医学部受験が仕事に直結している点を述べ、さらにこれらの点を受けて小学生の時期には算数では計算問題を独習すべきことについて説明いたしました。次回は、小学生時代において医学部受験・合格を目指す上で何をしておくべきかを、別の観点より解説していきたいと考えています。

カテゴリー:医学部受験のツボ

〜小論文対策〜 「医師の能力」

2014年2月7日

医大や医系学部・学科の小論文試験は、単なる大学入試ではなく、大学卒業後の職業に直結する試験である。しかもその職業は、患者の人命と人生とにかかわる専門職であるから、志望者にとって第一関門となる入試を実施する大学側の責任はきわめて重大である。この点で他学部の入試とは評価の視点が異なってくる。学力の優秀さや学問研究への興味・関心だけではなく、医療従事者を志望するにふさわしい者かどうかが問われる。例えば、共感能力、論理的思考力、自制心、判断力、向学心、公正さ、協調性、人権意識、遵法精神、献身、謙虚さ等々を兼ね備えているか否かということである。それらのすべてが最初から万全に備わっている人間など、現実にはなかなか存在しないだろう。しかし、少なくともそうした能力・資質の大切さを受験者が理解し、いくつかの点では十分な可能性を持ち、他の点についても、その獲得・錬磨を自己の努力目標とする明確な意思を持っていることが評価されるのである。つまり、将来、知・情・意のバランスを持った職業人間になりうるかを見られるのである。

とはいえ、医療に従事する者は、人間の生命を何よりも尊重し、患者の苦しみを理解して、これを少しでも緩和するように努め、又、患者の人権を尊ぶという気概を持てるか否かが最も重要である。命のかけがえのなさを想い、生きていることの価値を深く銘記できる人間かが、特に問われることになる。また、他者の痛みに対する共感能力を磨き、想像力(思い遣る心)を養っておくことも必要である。さらには、人権意識を高め、他者の生きる権利と自由な決定を侵害しないような心がけをできる人間を求められていると言える。

そこで、ここでは小論文の頻出テーマの一つである「全人的医療の実践」について述べることにする。

医師は患者と同じグラウンドに立ち、患者の医療上の問題について、ともに解決していく姿勢を示さなくてはならない。そこには医師から患者へ寄せる「共感」があり、それは互いに人間とし認め合い、信頼しあうことから始まる。

医師と患者の出会いは、病院・診療所などの場である。そこで患者は自らの生命を預ける意思をそれに足る人物かどうか判断する。ところで、医師の能力には三つある。

その能力とは、知識、技術、態度の三者であり、理想的医師とは、この三者を十分備えている者である。知識は主に卒前に教育され、国家試験で確認される。技術は主に卒後に教育される。問題は「態度」である。「態度」とは何か。「態度」とは医師としてふさわしい人間性、さらにそれをベースにした人間的行為のことを指す。

これを具体的に述べると、16項目ほどに分類できるが、そのうちの主なものについて述べる。一つ目は、医師が医師としての自覚を持ち、責任を持ち、医師として豊かな自由性、柔軟性を持っている状態を言う。次に、自らの能力の適応と限界を熟知している状態、3つ目には医師が患者自身を映す鏡の役割を果たすことのできる状態で、この情態を作ることによって、患者の自律性を育て、患者が自己決定できる関係が生まれる。そして、4つ目として、患者が納得いくまでよく説明できる状態である。患者に対して、決して「嘘」をつかない。患者を打ちのめすような言葉は使わない。言葉を選んで使える。「説明とは同意」という意味で、最近よく「インフォームド・コンセント」という言葉が使われるが、説明と同意の間には、「納得」が無くてはならないのである。そして5つ目には、自らの医療に「哲学」を持っていること。すなわち、生命観、医療観、死生観をしっかり持っていること。患者に対して、身体性はもとより、精神性、社会性まで着眼した、全人的医療を施せる状態である。

以上。

カテゴリー:医学部受験のツボ
2 / 3123

このページの先頭へ