ブラックジャックの心 ― 子供たちも医学を育む

医師からの子供たちへメッセージ発信を目的とした2つのイベントでのお話を紹介したい。

将来の外科医を発掘しようと、小中学生が外科の模擬手術を体験する「ブラックジャックセミナー」というイベントを全国各地の医療機関が開催している。

セミナーの草分けである長崎大学病院の藤田文彦氏の話によると、2007年に最初に開催された。学生たちに外科医の仕事の魅力を伝えようと藤田氏の当時の上司だった兼松隆之先生が発案され、藤田氏がプランニングを担当されたのだが、セミナーの対象は医学部生や理系の高校生ではなく「中学生」にして、「将来こんな仕事がしたい。」と思ってもらえたら一番いいのではないかと考えられたそうだ。

セミナーは体験型の講座が中心で、実際の手術で使う無影灯で手術台を照らしながら、鶏肉を電気メスで切ってみる。縫合用の糸を結んだり、針で縫う練習をする。腹腔鏡手術のシュミレ―タ―を体験したり、模擬の人形に気管内挿管したりと、さまざまな外科治療を体験できるようにした。大学病院の外科スタッフや看護師もボランティアで参加してくれて、子供たちも楽しそうにセミナーを受けているとのこと。1回目のセミナーは、長崎大学附属中学の3年生を40数人招き、その後の調査でこのうち3人が医学部に進んでいることが分かった。2回目からは五島列島に出張するなど、長崎県のいろいろな中学に出向いてセミナーを開催している。

同氏は、「最初は興味本位で参加してくれればいい」「その中で何人か『外科医っておもしろい』と感じてくれる子どもがいて、1人でも2人でも外科医を志す子どもが出てきたらセミナーは成功だと思う。」

昨年は全国37か所でブラックジャックセミナーが開かれている。かつて外科医は、多くの医学部生にとってあこがれの対象だった。しかし、最近は外科医をめざす学生が減ってきている。患者とトラブルになりやすい、ハードワークである、といったイメージが原因だと藤田氏は言う。

同氏は祖父が外科医だったこともあって、高校2年の後半頃から外科医をめざすようになったそうだ。その祖父の時代には「大きく切開するのが偉大な外科医だ」という風潮があったが、今は小さな創で精緻な手術ができるようになったらしい。従来は、内科は診断学であり、外科は治療学であるといわれていた。だから藤田氏は外科には患者さんを治す喜びがあり、外科医は人の命を救う職業だといわれる。

そこで、彼は医学部を受験する人たちに、「たとえ浪人してでも医師になりたいと強く願えば絶対になれる。だから、努力を惜しまないで。」「医学部に入ってからも医師になった自分の姿をイメージして、大学の勉強をがんばってほしい」とエールを送っておられる。

医師を目指す小学生~高校生に向けた「大阪医科大学」主催で「お医者さんのたまご講座、医師によるこどもたちの医学フォーラム」が昨年行われた。

第1部では医療現場での輸血やその最新研究について医師が講演。第2部では「医師のしごと」をテーマにパネルディスカッションが開かれ、医師になったきっかけや医師としての喜びなどを語り合った。

同大学学長の竹中洋氏が、開会あいさつの中で、「医師として一番重要なことは、人を慈しむことです。人の苦しみや痛みを理解し、悩みをしっかりと聞くことができる、私はこれらが医師になる大きな素質、素養だと考えます。素質というと持って生まれた性質という意味がありますが、素養は自分で努力して大きく膨らますことができます。」と述べられた。

第1部では、まず同大学の胸部外科学准教授の根本慎太郎氏が「心臓外科の手術って?」と題して「小さな赤ちゃんの心臓手術では輸血が必要」という話の中で「手術が終わって心臓が力強く動き始める時にホッとします。心臓手術の成功には外科医だけでなく、麻酔科医、集中治療医、小児科医、看護師、体外循環技師(臨床工学技士)のみんなが参加するチームで取り組むことが大切なことです。」と述べるとともに「新しい治療法を開発するための研究にも、みんなで取り組んでいます。再生医療を応用した成長可能な手術材料の開発にもチャレンジしています。」「皆さんが熱い気持ちとガッツを持った、将来を託せる医者になってくれることを楽しみにしています。」と言う思いを語られた。

続いて「病院と輸血」と題して、「病院内外と連携し、貴重な血液製剤を管理」という話を同大学の輸血室准教授河野武弘氏が述べられた。その中で「チーム医療の重要性」を特に強調された。

最後に「未来の輸血 ― IPS細胞から血液を作る」と題して「IPS細胞が治療に使われる時代」について、京都大学IPS細胞研究所基盤技術研究部門教授木村貴文氏がお話になった。その中で、「IPS細胞を使えば人工的に卵子を作る時代になったのです。だからこそ科学者・医学者には間違った使い方をしない品格が求められるのです。」と述べられている。

その3氏が、大阪医科大学解剖学教授大槻勝紀氏の進行のもと行われた第2部パネルディスカッション「医師のしごと」の中で「医師になったきっかけ」と「医師としての喜び」を語られた。

根本准教授は、高校生の時に航空工学や海外留学に憧れ、将来を模索しているうちに人間を通した科学の世界に興味を持ち、医学部をめざす道を進めることになったが、外科医になって、患者さんの命を預かり、病院の医療レベルを高め、学生や後輩医師を教育するなど大きな責任があるが、外科医として色々な人の人生に貢献したり、医療現場の問題を研究するチャンスがあることに喜びを感じるとおっしゃっている。

河野准教授は、開業医だった祖父に憧れたことと、自分自身に持病があった状態から脱したい思いで、医師になったとのこと。医師になってからは患者さんや他の医師らに「どう伝えるか」を常に考え、分かってもらえるよう根気よく話すことに心掛けている。医師には色々な可能性があり、やりがいを感じると言われる。
木村教授は、受験生の時夜遅くまで勉強していたら、両親が何も言わずに同じように起きてくれていた愛情に応えようとして勉学に励んだら、担任の教師から医学部を勧められたのがきっかけとのこと。医師になってから、患者さんに教えられることばかり。その方の人生を背負わせてもらえるありがたさを感じてきたとおっしゃる。

第2部のまとめとして大槻教授が、医師は社会的責任が大きいが、それ以上にやりがいある素晴らしい仕事です。一人でも多くの人が、患者さんに信頼される医師になっていただくことを願っています。」と結んでいる。

これらの2つのイベントの大きな特徴は、小学生から高校生という年齢に幅はあるが、総じて「子どもたち」から自分たちの続く医師を目指す若者がどんどん生まれていってほしいという思いであろう。

話の中に登場した医師たちの医学部を目指したきっかけは、多少の差はあるものの、医師であった祖父の姿か勉学に励むなかでの契機と言えそうである。同時に医師になってからの仕事を通しての自分の喜びや充実感がひしひしと伝わるものがあった。

しかし、「大阪医科大学」のフォーラムの第1部では、まず「輸血」をテーマにしている点も医学の世界の深層さを子供たちにわかってもらおうとする一つの具体例を呈示しているところも見逃せない。

登場された医師たちは、どの方々も子どもたちがわかりやすくかつ医学に好奇心をかきたてられるようなお話をなさったと同時に、そんな彼らが子供に訴えたかったのは、医師になるには時間をかけた深い勉学が必要であるし、医師になってからはさらにもっと緻密な研鑽が求められる。でも、それを実現していくのは、未来に対して時間をまだたっぷりと持っている子供たちのその使い方次第では、今後の医学の可能性を限りなく拡げていることのできる人たちなのだという彼らへの期待を強く感じる。

紹介した医師たちのコメントの中で、特に根本准教授のお話が印象的である。

「人間を通した科学の世界 ― 医学部を目指した」という言葉である。

ひとくちに「科学」といっても多様な分野があるが、ことに医学は「人間の体」を通じるというだけでも他の科学を圧倒しているが、それだけでもなく、「人の心」を通して治してゆくというところが医学というものの醍醐味なのであろう。

しかし、その原点は目をキラキラ輝かせながらあふれる興味から対象をみつめ考える子供たちの好奇心の中にこそあるのだろう。

そこで我々大人にとっては、その芽を見出し、育む心を持つことが重要となる。

カテゴリー:医学部受験のツボ

順天堂大学 小論文

確かに他大学(東海大を除く。)の医学部の小論文と比べて「出題の意図」が非常にわかりにくく、書きにくいものといえる。

しかし、翻って考えると、ここで点数差を確保しやすいともいえる。

そこで、書くには2つの視点を依り所に具体化させることにする。

①「医学部」としての小論文の
一般的出題意図
上に行けば抽象、下に行くほど具体 論理的思考力
自制心
判断力
向学心
公正さ
協調性
人権意識
遵法精神
献心
謙虚さ
②「順天大」としてのポリシー
学是「仁」 ≒ 思いやり
理念「不断前進」
・不断・・・たえまなく続くさま。
・前進・・・前へ進むこと。
2つを併せて
③素材(資料)から読み取れる情報 括弧(課題)
(論拠)
「写真」の題名 = The Walk To Paradise Garden
     ↓
・親(大人)と一緒にいない。
・子どもである。
・男の子と女の子の2人。
・男の子の方が背が高い。
・うしろ姿=表情は見えない。
・歩いている。
・手前が暗い。(地面からすると羽穴に見えなくもない。)
・進む方向が明るい。
・日本人ではたぶんない。
・手に何も持っていない。≒(虫を取りに行くとか、ピクニックに行く様子ではない。)
矢印
④論述(ストーリー展開と主題)=結論
暗い地点から明るい方向へ歩き出す男の子と女の子の話として展開し、「前進すること」の意義を主題として帰結させる。
=“The Walk To Paradise Garden”
The Walk To Paradise Garden

解答例

僕と妹は、お母さんが病気で入院してしまい、お父さんも仕事が忙しいので、今は叔父さんと叔母さんの家に預けられている。そこには、3人の子供達がいて、僕たちとそれ程年齢は変わらないから、最初は珍しがって、僕たちの住んでいた町のことを聞いたり、あるいは自分達の持っている玩具の遊び方をあれこれと説明してみせたりして、よく僕たちの傍らに寄ってきたものだった。だから、僕たちもそれに合わせてふるまってもいた。もちろん、僕たちなりに彼らに気を遣ってもいたからでもあった。

ところが、そのうち僕たちに飽きたというよりも、叔父さんたちが僕たちに気を遣ったりしてくれることへの焼き餅からか、急に彼らの態度が冷たくなった。それだけなら、当然我慢しなければならないことも分かっていたし、妹をなだめることもできた。しかし、最近では、叔父さんたちの見ていないところで、彼らが妹にいじわるをしだしたのだ。妹も初めのうちは僕に気付かれまいと我慢していたが、僕はいつもはわざとでも明るくふるまう妹が暗く沈んでいる様子に当然気付いた。我慢していた妹のことを思うと、なおさらいじらしく可哀そうで、妹の気持ちを少しでも明るくすることは無いものかと考えた。

そこで、叔父さんたちが何かの用事で夕方まで留守だったときに、僕は妹を連れて、僕たちが住んでいた町がうっすらと見える丘までいくことにした。そこは決して、楽園というほどのものではないが、いつかお母さんもよくなり、お父さんも仕事も落ち着いてきて、また一緒にすめるんだという希望というか目標を持つためにも、そこに行ってみることにした。お父さんやお母さんにもそして叔父さんたちを困らすことはできないから、今はそこまでしか行けないけれど、もちろん、そこまで行っても、僕にとってもましてや妹にとっても、とても遠い距離だけど、一歩一歩、妹と一緒に歩こうと思うのだ。

〜小論文対策〜 「医師の能力」

医大や医系学部・学科の小論文試験は、単なる大学入試ではなく、大学卒業後の職業に直結する試験である。しかもその職業は、患者の人命と人生とにかかわる専門職であるから、志望者にとって第一関門となる入試を実施する大学側の責任はきわめて重大である。この点で他学部の入試とは評価の視点が異なってくる。学力の優秀さや学問研究への興味・関心だけではなく、医療従事者を志望するにふさわしい者かどうかが問われる。例えば、共感能力、論理的思考力、自制心、判断力、向学心、公正さ、協調性、人権意識、遵法精神、献身、謙虚さ等々を兼ね備えているか否かということである。それらのすべてが最初から万全に備わっている人間など、現実にはなかなか存在しないだろう。しかし、少なくともそうした能力・資質の大切さを受験者が理解し、いくつかの点では十分な可能性を持ち、他の点についても、その獲得・錬磨を自己の努力目標とする明確な意思を持っていることが評価されるのである。つまり、将来、知・情・意のバランスを持った職業人間になりうるかを見られるのである。

とはいえ、医療に従事する者は、人間の生命を何よりも尊重し、患者の苦しみを理解して、これを少しでも緩和するように努め、又、患者の人権を尊ぶという気概を持てるか否かが最も重要である。命のかけがえのなさを想い、生きていることの価値を深く銘記できる人間かが、特に問われることになる。また、他者の痛みに対する共感能力を磨き、想像力(思い遣る心)を養っておくことも必要である。さらには、人権意識を高め、他者の生きる権利と自由な決定を侵害しないような心がけをできる人間を求められていると言える。

そこで、ここでは小論文の頻出テーマの一つである「全人的医療の実践」について述べることにする。

医師は患者と同じグラウンドに立ち、患者の医療上の問題について、ともに解決していく姿勢を示さなくてはならない。そこには医師から患者へ寄せる「共感」があり、それは互いに人間とし認め合い、信頼しあうことから始まる。

医師と患者の出会いは、病院・診療所などの場である。そこで患者は自らの生命を預ける意思をそれに足る人物かどうか判断する。ところで、医師の能力には三つある。

その能力とは、知識、技術、態度の三者であり、理想的医師とは、この三者を十分備えている者である。知識は主に卒前に教育され、国家試験で確認される。技術は主に卒後に教育される。問題は「態度」である。「態度」とは何か。「態度」とは医師としてふさわしい人間性、さらにそれをベースにした人間的行為のことを指す。

これを具体的に述べると、16項目ほどに分類できるが、そのうちの主なものについて述べる。一つ目は、医師が医師としての自覚を持ち、責任を持ち、医師として豊かな自由性、柔軟性を持っている状態を言う。次に、自らの能力の適応と限界を熟知している状態、3つ目には医師が患者自身を映す鏡の役割を果たすことのできる状態で、この情態を作ることによって、患者の自律性を育て、患者が自己決定できる関係が生まれる。そして、4つ目として、患者が納得いくまでよく説明できる状態である。患者に対して、決して「嘘」をつかない。患者を打ちのめすような言葉は使わない。言葉を選んで使える。「説明とは同意」という意味で、最近よく「インフォームド・コンセント」という言葉が使われるが、説明と同意の間には、「納得」が無くてはならないのである。そして5つ目には、自らの医療に「哲学」を持っていること。すなわち、生命観、医療観、死生観をしっかり持っていること。患者に対して、身体性はもとより、精神性、社会性まで着眼した、全人的医療を施せる状態である。

以上。

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