医学部受験を完勝するために(4)

その4:小学校時代に何をしておくべきか(その4)

(1)学校教育について

前回において、私は小学校の時期において、中学受験後の6年間の大切さを考え、その過程の重さについて言及いたしました。その過程では重要な自我同一性(アイデンティティidentity)の獲得があり、途上での思春期独特の反抗期もありえますが、このような場合においても威力を発揮するのは、医師という仕事についての動機付けである点を強調いたしました。すなわち、「何のために医学部を目指し医師という仕事を選ぶのか」という点について小学校の時期から固めておくとよい旨を説明いたしました。そこで今回は、小学生として「現在通学している学校の授業」の受け方について説明していきたいと思っています。

まず現在、生徒諸君が公立の小学校(以下、「学校」と略す)に通っていると仮定します。公立の小学校ですから、中学受験の勉強は一切行われません。これは当然であり、公立小学校では、卒業後は地元の公立中学校にそのまま進学するという前提の教育課程が組まれているからです。否、さらにいえば学校教育法に基づく前期初等教育という位置づけでの授業が行われていることは申すまでもありません。それは端的にいえば、学校教育における授業では「試験問題を解く」といった専門的なことよりも、基礎的・基本的な学習内容に重点が置かれているからです。つまり、学校教育に求められているものは、子どもに、基礎的・基本的な内容を確実に身に付けさせ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、より良く問題を解決する資質や能力、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性、たくましく生きるための健康や体力などの「生きる力」を育むことです。

(2)学校の授業をおろそかにするのは得策ではない

そこで、生徒諸君の中には学校の授業の方を軽視して、塾や家庭教師の授業を重視してしまう傾向が顕著に見られるのではないでしょうか。私は、このような傾向ははっきり言って好ましくはないと考えます。それは、決して学校教育法でいうところの普通教育を重く見るといった建前論ではありません。あくまで将来の医学部受験を見据えた、試験勉強という点から云々しているのです。つまり、医学部受験そして合格のサポート役を長年務めてきたプロ教師としての見方から、「平素における学校の授業をおろそかにするのは得策ではない」と言いたいのです。では、なぜ学校の授業をおろそかにしてはいけないのでしょうか。

その理由は、学校における教科指導はそのままでは受験勉強には役立ちませんが、基礎的な学習内容をチェックしつつ、最も大切な「広い視野で考える」という姿勢を学ぶには非常に適しているからです。では、なぜ学校の授業で「広い視野で考える」姿勢を学べるのでしょうか。その理由は、学校の授業は受験用ではないために、「入試に出る、出ない」という観点からではない様々な角度からの学習が可能だからです。

例えば、学校における教育課程では、小学校5年生の時点で「水溶液の性質」について学習します。本単元では、酸性・中性・アルカリ性があること、気体が溶けているものがあること、金属を溶かすものがあること等々に関して、実験を通して学習していきます。これらの学習活動を通して学校教育では、水溶液の性質とその働きについて、見方や考え方を持つようにするとともに、水溶液の性質や働きを多面的に追究する能力や、日常生活に見られる水溶液を興味・関心をもって見直す態度を育てたいと考えています。

(3)学校の授業は、「広い視野で考える」姿勢を養う絶好の機会

まず、このような学校における理科教育では「実験」に重みが置かれています。子どもたち一人ひとりに実験をさせるのか教師実験であるか否かはわかりませんが、とにかく実験がメインになっている点は見逃せません。もちろん、最近の塾でも実験を取り入れるところも増えていますが、それは特別イベントとしての位置づけに過ぎないようです。また学校の授業では、教師が子どもたちに実験を通して考えさせることを大切にしています。そこには、仮説や検証・考察の過程があります。さらに、日常生活との関連にも話題はリンクしていきます。これはかなり迂遠な方法に映りますが、考えようによっては「広い視野で考える」姿勢を養う絶好の機会であると、私は考えます。これは学校の理科における実験を伴った単元の例ですが、実験の有無にかかわらず他の理科の単元や、広く他の教科においても授業展開はおおむね同じようなプロセスを経ていきます。

翻って塾の授業はどうでしょうか。塾での指導では当然、学校で行っているようなプロセスを踏む余裕は、まず存在しません。このような「水溶液の性質」という単元は、おそらく塾の授業では「入試に出る内容」を説明した後、問題演習と解説を行っていくでしょう。入試に出題されない学習内容は切り捨てられるか、あるいはさらっと通り過ぎる程度ではないでしょうか。むろん、塾の講師はプロ教師ですから教え方は非常に上手であると考えられます。加えて、授業内容も生徒の興味・関心を高められるようにプログラムされていると思われます。それは、入試に合格するという観点から捉えた場合では、生徒に「ムリ・ムダ・ムラ」のない指導法を実践してくれると思います。しかし、塾の授業では、入試一辺倒になるため視野が狭くなることは否めません。

次に学校の授業では、当たり前の話ですが、その後のテストの心配はほとんどありません。これは、大人でもわかる感覚ではないでしょうか。テストというものが特別に好きな子どもはあまりいないでしょうから、せっかく実験を楽しんだ後テストがあると思ったなら、のびのびと考えるゆとりは生まれにくいと思われます。あるいは、次の公開模試に出題されると先生から指摘されたならば、考えるよりも暗記しなければならないという気持ちが先行してしまうでしょう。また、テストという他の生徒との厳格な比較がなされる緊張感も先行してしまうことは、想像に難くないでしょう。むろん学校の授業であっても単元ごとの小テストのようなものはあるかもしれませんが、難易度は公開模試その他の入試関連のテストとは比較にならないはずです。順位や偏差値を競うようなこともないでしょう。

この点にも私は、学校における教科指導の重要性があります。それは、学校の授業では前述のごとく塾のような難易度の高いテストがありません。つまり、テストという強制力が働かないわけです。しかし、これは逆にいえば、自主的・自律的に考える姿勢を培うにはとても良い条件が与えられているということです。テストという強制力がなくても考えていくという学習姿勢は、「広い視野で考える」ためには必須の条件ではないでしょうか。「入試に出る、出ない」という観点から学習内容を捉えていくと、どうしても視野が狭くなってしまします。学校における教科指導では、この点でも視野の拡大に資するでしょう。

(4)医学部受験に完勝するには、日常的な思考力の鍛練が重要

以上のように学校教育における教科指導では、子どもたちは実験も含めた学習のプロセスを通じて考え、かつテストを意識しなくてもよいので、全体的に見て「広い視野で考える」には持って来いであるといえるでしょう。そして、ここまで述べてきたならば、賢明な読者は既にお気づきだと思われますが、このような「広い視野で考える」行為は第1回において述べた中学受験における出題傾向の変化に対応しています。すなわち、知識・情報の量ではなく、知識・情報を基にして自分なりにどう考えるのか、という形態の「考える力」を重視した出題です。それは、「なぜ、そうなるのか」を自分の言葉で説明する記述型の問題の増加に代表されるものでした。

これらの点は私が先に述べたごとく、医学部受験そして合格のサポート役を長年務めてきたプロ教師としての見方から、「平素における学校の授業をおろそかにするのは得策ではない」と述べたことと繋がってきます。また、これも第2回において述べた、大学入試における得点率の高い記述式問題の現況を考えても納得していただけるのではないでしょうか。このような記述問題に対応するには、単なる受動的な学習過程ではない、日常的な思考力の鍛練が物を言います。これまた、知識・情報の量ではなく、知識・情報を基にして自分なりにどう考えるのか、という「考える力」が要請されるのです。

したがって、「現在通学している学校の授業」の受け方については、より積極的に取り組んでいく方が良いでしょう。塾や家庭教師の授業で「先に学んでいる、知っている、もっと難しいことを習っている」というプライドはひとまず捨てて素直になることが大切です。もっとも学校の先生にも知識や指導力の差はあるかと思いますが、こちらから求めていく姿勢が大切です。この素直な姿勢は、今後の受験勉強でも大切な点はいうまでもありません。頑ななプライドばかりだと、頭も柔軟に働かなくなってしまいます。そうなってくると、将来「伸び悩み」が生じる可能性もあります。そんな詰まらないことが原因で医学部入試に失敗したら、それこそ「安いプライドが高い」と揶揄される結果を招きかねないでしょう。

以上、今回は学校の授業が「広い視野で考える」姿勢を身につけるために必要である旨を説明いたしました。それでは、次回はまた別の観点から、医学部受験を完勝するためのポイントについて解説していきます。

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医学部受験を完勝するために(3)

その3:小学校時代に何をしておくべきか(その3)

(1)中学入試は決してゴールではない

前回において私は、医学部に進学実績の高い私立中学の入試問題が変貌してきた背景には、医学部における将来的に望まれる医師像がある点を理解していただくことでモチベーションアップに繋がる点に関して述べました。そこで今回は、この点を受けて小学生時代から将来を見据えて、医学部入試に完勝するために必要な別のポイントについて述べていきます。

すでに医学部受験に関しては、高いハードルを越えていかなければならない状況や、それが中学入学後において6年間の長きにわたる実情について説明いたしました。今回は、これから医学部受験を完勝することを目指すに当たり、来るべき中学受験おいて確認しておきたいことを述べていきます。それは、合格後の6年間という長い時間における勉学への取り組み姿勢に関する内容です。

この点に対して保護者や生徒諸君にとっては、「まだ志望中学の入試にも合格していないのに早すぎる」という声も聞かれそうですが、実はそうではありません。それは、端的にいえば中学受験は決してゴールではないという点です。むしろ、入学してからが本当の勝負であるということを最初に確認しておかなければ、受験だけでバーンアウトしてしまう可能性もあると思ってください。今回は、そのための確認です。

(2)中学・高校生の6年間は思春期と重なっている

6年間は長丁場です。これは保護者の方に特にお願いしなければならない点ですが、成人以上の立場から見る6年間と、中学・高校生のそれとは時間の重みがまったく異なるということです。といいますのは、子どもたちはこの6年間において、心身ともに大きく変わっていくからです。それは、いわゆる思春期を通過する時期であるということです。この間において、子どもは大人へと目覚めていきます。それは身体的な発達とともに、知的な発達が急ピッチで成し遂げられる6年間でもあります。いわば、自己形成の時期です。

発達心理学の知見を引けば、思春期は「私は誰?(Who am I?)」という質問に対して、「自分は自分である」ということに気づく時期であるともいえます。それは、身体的な発達である第二次性徴が契機となります。つまり、正確な自己像を発見することによって、「自分はこうなりたい、こうである」という自我同一性(アイデンティティidentity)を獲得する時期です。また、「やりたいこと、そのすべてを実現することはできない」という全能感の否定も起こります。このような知的な発達は心理学において「認知能力の発達」と称されますが、勉学にとっては「諸刃の剣」とも考えられます。それは、心情的にポジティブにもネガティブにもなりうる、ややこしい時期でもあるからです。つまり、このような認知能力の発達は、勉学上におけるモチベーションに大きな影響を与えるのです。したがって、この時期がちょうど6年間という医学部受験のための準備期にぴったりと重なっている点については重視しなければならないでしょう。では、どういった対応が必要なのでしょうか。

(3)成功体験の積み重ねが大切

まず大切なことは、この6年間においては、成功体験を数多く積み重ねることをお勧めいたします。と同時に、失敗体験に関しても対処の仕方、乗り越えるための気構えなどを学んでおくべきです。具体的には、中間テストや期末テスト・学年末テストにおいて満足できる成績をとり続けることです。この点に関しては直接的には医学部入試と関係ないように思われがちですが、それは大きな誤解です。そこで、次にこのことについて説明していきます。

これは特に難関私立中学に入学した生徒諸君に多い傾向ですが、成績不振に陥るケースがあります。つまり、地元の公立小学校では常に好成績を収めていたのに、晴れて志望中学に入学した途端に成績が下位の方になってしまうという状況です。しかし、この点については当然といえば当然です。それは、公立小学校では学力到達度や順位というような精度の高い学業成績を明確に保護者や生徒に提示することはなく、また最初から難関私立を志望している生徒諸君にとって小学校の成績自体はあまり気にならなかったからでしょう。また、これも当然ですが公立小学校では受験合格を目指した勉強は一切行われません。この点でも、学校での成績については無頓着にならざるをえないと思われます。そのため、難関校合格をターゲットにしている生徒諸君にとっては有名大手塾の公開模試の成績に一喜一憂するのが精いっぱいだったのではないでしょうか。しかしながら、今度は違います。生徒自身がほぼ毎日通学している学校の成績が、定期テスト等でははっきりと突きつけられるのです。

そして、難関校に入学すればこれもまた当然すぎることですが、周りのクラスメートもよく勉強ができます。同じ難関受験を潜り抜けてきたライバルたちですから当たり前ですが、多くの保護者や生徒諸君は定期テスト等の成績表を見るまでは、実感が沸かないというのが実際のところらしいです。これは、私の教え子の話ですが、無事灘中に合格したのはよいが、一学期の成績順位では下から数えた方が速かったそうです。彼は、それを「灘中ショック」と呼んでいました。決して笑い事ではありません。これは、別にトップクラスの私立中学にだけいえる現象ではないでしょう。なぜなら、いま現に生徒諸君の通っている私立中学は同じレベルの入試を突破してきたわけですから、力の拮抗は当然の結果なのです。

さらにいえば、私立中学では義務教育段階で既に高校内容の学習単元が下りてくることが一般的です。例えば国語では古文において、中二段階で用言の活用を習います。学校によっては、これが中一段階になる可能性があります。いずれにせよ、古文用言の活用は公立中学校ではさらっと流す程度にすぎません。かかる私立中学の学習課程の目的は、いうまでもなく高二段階ですべての学習単元を終えて、高三では入試対策に特化した授業を展開するためでしょう。むろん、公立中学のように土曜日が休みということもありません。夏期休業日も公立中学よりもはるかに少なくなっています。

ゆえに、このような状況下で成績不振に陥れば、もう医学部受験というレベルの話ではなくなってしまいます。モチベーションも当然下がってくるでしょう。否、それ以前の問題として、通学や授業そのものが憂うつになってしまうのではないでしょうか。ここに、前述のごとき「やりたいこと、そのすべてを実現することはできない」という全能感の否定が起こりますが、それが極端に拡大してしまえば生徒は非常に苦しい現実に立たされてしまいます。これが中高年の大人であれば、適当に自分をごまかすこともできるでしょう。しかし、思春期の生徒諸君では、そんなに軽く片付ける術を持ちません。前記のように、正確な自己像を発見することによって、「自分はこうなりたい、こうである」というアイデンティティを獲得する時期ですから、自己評価も厳しくなる可能性が高いでしょう。まして、医学部を受験し、かつ合格するという高いハードルがあるわけですから、他の学部志望の生徒諸君より一層事態は深刻であるといえます。そういうわけで、思春期における認知能力の発達は、まさに勉学にとっては諸刃の剣です。

(4)医師という仕事を選ぶに際しての動機付けの確認が大切

したがって、私立中学に入学した生徒諸君は、定期テスト等に対してしっかりと勉強のスケジュールを立て、一回一回の試験を勝っていかなければなりません。こう書くと「大変だなぁ」と最初から嫌になってしまいそうですが、そこは、否、それこそポジティブ思考を存分に働かせてください。すなわち、一回一回のテストが医学部入試のための練習であると捉えていくことです。周囲が皆同等かそれ以上の能力を有するライバルですから、練習の相手としては決して不足はないはずです。すなわち、役不足ということはないと思います。そのような数々の場面にて成功体験を積み重ねることで、自己評価もしだいに高められていくことでしょう。むろん、満足できない成績の出ない場合もあると思います。しかし練習ですから、この時を鋭く捉えて、失敗体験に関しても対処の仕方、乗り越えるための気構えなどを学んでおくべきです。その際には、保護者の方からの適切なアドバイスが功を奏すると思います。

ただし、この時期には思春期独特の反抗期というものがありえます。そこで、このような場合において威力を発揮するのは、医師という仕事についての動機付けでしょう。何のために医学部を目指し医師という仕事を選ぶのか、という点について小学校の時期から固めておくとよいでしょう。この点に関しては、1回目において私が述べたことも参考にしてください。すなわち、いわゆる受験勉強の中で、今行っている勉強がそのまま将来の仕事に直結しているのは、医学部受験だけであるという点です。このようなこの点を思えば、今真摯に勉強に励んでいる自己自身はとても恵まれていると思ってください。

それでは、次回はまた別の観点から、医学部受験を完勝するためのポイントについて解説していきます。

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医学部受験を完勝するために(2)

その2:小学校時代に何をしておくべきか(その2)

(1)中学入試は「別の学習分野」であると考える

前回において私は医学部受験という高いハードルから話を進め、次に医学部受験が仕事に直結している点を述べ、さらにこれらの点を受けて小学生の時期には算数では計算問題を独習すべきことについて説明いたしました。そこで今回は、小学生時代において医学部受験・合格を目指す上で何をしておくべきかを、別の観点より解説していきたいと考えています。

来るべき医学部受験を突破するには、国・公立医学部あるいは有名私大医学部に合格実績のある私立中学に進学する方が断然有利です。そのためには、これまた当然そのように私立中学に合格実績のある進学塾で受験勉強をしていく必要があります。むろん、家庭教師という方法もありますが、かなりのノウハウを有するプロ級の先生でなければ、上記のような私立中学合格のための指導は難しいでしょう。家庭教師に付いて勉強するのであれば、“プロ教師”と銘打っている家庭教師派遣の専門センターをお勧めいたします。

他に独学という方法もないではないですが、個人的な勉強だけで太刀打ちできるほど入試は甘くはありません。はっきりいいますと、現行における公立小学校の勉強レベルと医学部合格に実績のある私立中学の入試レベルとは、まったく別物であると思ってください。否、それは似て非なるものどころではなく、中学入試という「別の学習分野」であると考えていただいた方がよいと思います。したがって、いかにその生徒の公立小学校での成績が優秀であったとしても、平素の学習習慣の延長のような感覚で私立中学進学を考えても、ほぼ100%失敗するでしょう。

(2)思考力の要求される問題の増加

ところで、最近の私立中学入試では、どの科目においても問題の傾向が変わってきたようです。例えば、いたずらに奇をてらうような問題や、百科事典並みの膨大な知識量を要求する問題、明らかに中学・高校の学習単元であるような範囲の問題はほとんどすがたを消しています。しかし、決してここで誤解しないでください。それは問題のレベルが下がったわけではなくて、別の点でレベルが上がったことを表しています。では、その「別の点」とはいったい何でしょうか。

最近の私立中学の入試問題では、知識・情報の量ではなく、知識・情報を基にして自分なりにどう考えるのか、という形態の「考える力」を重視した出題が増えています。つまり、「なぜ、そうなるのか」を自分の言葉で説明する記述型の問題が増えているのです。いわば、知識・情報を基にした積極的で強靭な思考力が要請されるといえるでしょう。これは特に難関といわれる私立中学において見られる現象ではありませんが、国・公立医学部あるいは有名私大医学部に合格実績のある私立中学私立中学では、この傾向が強いようです。

この点を具体的に説明するためには、かつて知識・情報の網羅主義が目立った社会科を例として説明するのが最も妥当でしょう。例えば、公民的分野においての次のような記述問題はいかがでしょうか。

経済活動の自由が保障されることによって、社会はどのように変化していくか。「自由競争」という語句を使って説明しなさい。

このような出題では、「基本的人権における自由権に含まれる経済活動の自由」という項目の機械的暗記だけでは対処できません。平素から新聞やテレビのニュースを見て世の中の動きに敏感になるとともに、興味を持った事象について生徒自身が深く考える習慣を身につけていなければ、こうしたタイプの問題には対応できません。また、ご家庭としても、子どもの疑問に保護者が単純に答えを言うのではなく、一緒に考えて答えを導き出すような雰囲気づくりが必要となります。逆にいえば、そうした習慣を体得している生徒を入学させたいという私立中学側の意向が、入試問題に反映されているともいえるでしょう。では、このような生徒を私立中学側が、なぜ入学させたいのでしょうか。

(3)医学部受験における記述問題にも思考力は必要不可欠

それは、6年間にわたる医学部入試のための受験勉強及び合格という長丁場を戦い続けるには、単に受動的な思考しかできない生徒では、あまり好ましくないという考え方があると思われます。さらに、この点に関しては、医学部入試において記述問題が出題される状況とも符合しています。ある受験生(国立医学部合格)は、合格体験談の中で、およそ次のように語っています。

多くの受験生が苦手とする記述問題は配点が大きいため、白紙にしてしまうのはもったいないです。記述問題は文字数が多く、事項や語句の暗記だけでは解答を書くのが難しく思考力も相当要求されると思います。そこで、何を書けばよいのか困るかもしれませんが、用いるべきキーワードを上手く選択できれば、部分点につながります。また、わかりやすく、まとまりのある文章も書きやすくなります。

そのためにはまず、教科書や資料集を熟読するとよいでしょう。これは、機械的な暗記とは異なり、根気のいる作業です。教科書には記述問題に使える言い回しが多く載っています。資料集は図や表が豊富で、重要な用語の繋がりが覚えやすいです。重要な用語を理解し、その意味を考えながら自ら説明できるようにすることを意識して、繰り返し読むことが大切でしょう。そうすれば、記述問題でキーワードを選択しやすくなるでしょう。そして、実際にキーワードを考えて文章を書き、模範解答と見比べ、足りない部分を明確にして、再び書き直すことを繰り返すと、記述力に磨きがかかります。

このような記述式問題が得点率の高い設問として出題されるのであれば、単なる受動的な学習過程ではない、日常的な思考力の鍛練が物を言うはずです。それならば、私立中学側としても前記のごとく、知識・情報の量ではなく、知識・情報を基にして自分なりにどう考えるのか、という「考える力」としての基本のできた生徒を求めることは当然でしょう。

(4)大学医学部においても必須の思考力

さらに、記述問題出題の背景には、次のような状況も考えられるでしょう。すなわち、多くの大学医学部においても、このような「考える力」に重点を置く積極的な学習姿勢と強靭な思考力を持つ学生を求めているからです。これは私がある編入試験の予備校で実際に見聞したことですが、医学生の中には結講落伍者がいるということです。そのような学生は取得した単位を活かして、他の理系学部に編入して学生生活をやり直すケースが一般的です。最も多いのが薬学部への編入でした。彼らが言うには、「高校から医学部受験まで取り敢えず試験問題を効果的に解く練習をしてきたが、医学部に入ると与えられた問題を解くだけではない高度な思考力が求められる場面が多くなり、結局ついていけなくなった」という状況だそうです。例えば、ある大学医学部では教育方針として次のような理念を語っています。

現代の医師に求められているのは、患者さんを思いやる心をもち続け、生涯を通じて常に新しい知識や技能を学びとろうとするアクティブな姿勢です。そのため、基礎的な知識や技能をしっかりと習得し、それを応用する思考力を身につけることが重要になっています。将来の医師像を踏まえた医学部教育において最も大切なことは、受動的に知識を取得するのではなく、自ら学び、考え、問題を解決する能力を育成することです。皆さんには自ら学習する習慣を培っていただきたいと思います。そのためには、授業は教員による一方向の講義ではなく、質疑応答を多く取り入れた双方向のものが好ましいと考えています。また、保健医療の場においては、チームメンバーと協調して問題を解決するなど、その専門職に必要な基本的態度と習慣を身につけていただきます。

このような大学医学部の理念を一読しても了解できるように、一定の知識・情報や技術以上の能力が要求されるのです。それは、問題解決能力は当然のこととして、さらに自分で問題を見つけて解決していく思考力です。加えて、チーム医療の現場に立って協調していく能力も不可欠のものです。要するに、既成の問題だけを機械的にこなす単なる点取り虫では、かかる状況には対応できません。

しかし、これは考えてみれば当然のことです。医学は自然科学の一つの大きな分野ですから、その発展には自由な発想が非常に大切です。押し付けられた発想からは、新しいことは何も生まれないでしょう。例えば、わが国の高齢化は急速度で進んでいます。総務省の調べでは2013年現在で25.1%となっており、4人に1人を上回りました。今後は人口の高齢化により認知症や生活習慣病その他の疾患を病む高齢者がさらに拡大していく可能性があります。むろん、それは医師の仕事の領域が拡大して活躍の舞台が広がる状況をもたらします。しかし、その反面個々の患者に対応した医療が求められてくるでしょう。つまり「個への充実」です。そのような場面に遭遇した場合、果たして担当の医師は適切な対応ができるか否かが問われてきます。ここに自由闊達な思考力が求められる点は申すまでもないでしょう。

以上のように、医学部を目指す受験生諸君には随分先回りした話となってしまいました。しかし、医学部に進学実績の高い私立中学の入試問題が変貌してきた背景には、このような医学部における将来的に望まれる医師像がある点を理解していただければ、今後の勉強のモチベーションアップに繋がると私は思います。それでは、次回はまた別の観点から医学部受験を完勝するためのポイントについて解説していきます。

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