医学部受験を完勝するために(4)

2014年6月17日

その4:小学校時代に何をしておくべきか(その4)

(1)学校教育について

前回において、私は小学校の時期において、中学受験後の6年間の大切さを考え、その過程の重さについて言及いたしました。その過程では重要な自我同一性(アイデンティティidentity)の獲得があり、途上での思春期独特の反抗期もありえますが、このような場合においても威力を発揮するのは、医師という仕事についての動機付けである点を強調いたしました。すなわち、「何のために医学部を目指し医師という仕事を選ぶのか」という点について小学校の時期から固めておくとよい旨を説明いたしました。そこで今回は、小学生として「現在通学している学校の授業」の受け方について説明していきたいと思っています。

まず現在、生徒諸君が公立の小学校(以下、「学校」と略す)に通っていると仮定します。公立の小学校ですから、中学受験の勉強は一切行われません。これは当然であり、公立小学校では、卒業後は地元の公立中学校にそのまま進学するという前提の教育課程が組まれているからです。否、さらにいえば学校教育法に基づく前期初等教育という位置づけでの授業が行われていることは申すまでもありません。それは端的にいえば、学校教育における授業では「試験問題を解く」といった専門的なことよりも、基礎的・基本的な学習内容に重点が置かれているからです。つまり、学校教育に求められているものは、子どもに、基礎的・基本的な内容を確実に身に付けさせ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、より良く問題を解決する資質や能力、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性、たくましく生きるための健康や体力などの「生きる力」を育むことです。

(2)学校の授業をおろそかにするのは得策ではない

そこで、生徒諸君の中には学校の授業の方を軽視して、塾や家庭教師の授業を重視してしまう傾向が顕著に見られるのではないでしょうか。私は、このような傾向ははっきり言って好ましくはないと考えます。それは、決して学校教育法でいうところの普通教育を重く見るといった建前論ではありません。あくまで将来の医学部受験を見据えた、試験勉強という点から云々しているのです。つまり、医学部受験そして合格のサポート役を長年務めてきたプロ教師としての見方から、「平素における学校の授業をおろそかにするのは得策ではない」と言いたいのです。では、なぜ学校の授業をおろそかにしてはいけないのでしょうか。

その理由は、学校における教科指導はそのままでは受験勉強には役立ちませんが、基礎的な学習内容をチェックしつつ、最も大切な「広い視野で考える」という姿勢を学ぶには非常に適しているからです。では、なぜ学校の授業で「広い視野で考える」姿勢を学べるのでしょうか。その理由は、学校の授業は受験用ではないために、「入試に出る、出ない」という観点からではない様々な角度からの学習が可能だからです。

例えば、学校における教育課程では、小学校5年生の時点で「水溶液の性質」について学習します。本単元では、酸性・中性・アルカリ性があること、気体が溶けているものがあること、金属を溶かすものがあること等々に関して、実験を通して学習していきます。これらの学習活動を通して学校教育では、水溶液の性質とその働きについて、見方や考え方を持つようにするとともに、水溶液の性質や働きを多面的に追究する能力や、日常生活に見られる水溶液を興味・関心をもって見直す態度を育てたいと考えています。

(3)学校の授業は、「広い視野で考える」姿勢を養う絶好の機会

まず、このような学校における理科教育では「実験」に重みが置かれています。子どもたち一人ひとりに実験をさせるのか教師実験であるか否かはわかりませんが、とにかく実験がメインになっている点は見逃せません。もちろん、最近の塾でも実験を取り入れるところも増えていますが、それは特別イベントとしての位置づけに過ぎないようです。また学校の授業では、教師が子どもたちに実験を通して考えさせることを大切にしています。そこには、仮説や検証・考察の過程があります。さらに、日常生活との関連にも話題はリンクしていきます。これはかなり迂遠な方法に映りますが、考えようによっては「広い視野で考える」姿勢を養う絶好の機会であると、私は考えます。これは学校の理科における実験を伴った単元の例ですが、実験の有無にかかわらず他の理科の単元や、広く他の教科においても授業展開はおおむね同じようなプロセスを経ていきます。

翻って塾の授業はどうでしょうか。塾での指導では当然、学校で行っているようなプロセスを踏む余裕は、まず存在しません。このような「水溶液の性質」という単元は、おそらく塾の授業では「入試に出る内容」を説明した後、問題演習と解説を行っていくでしょう。入試に出題されない学習内容は切り捨てられるか、あるいはさらっと通り過ぎる程度ではないでしょうか。むろん、塾の講師はプロ教師ですから教え方は非常に上手であると考えられます。加えて、授業内容も生徒の興味・関心を高められるようにプログラムされていると思われます。それは、入試に合格するという観点から捉えた場合では、生徒に「ムリ・ムダ・ムラ」のない指導法を実践してくれると思います。しかし、塾の授業では、入試一辺倒になるため視野が狭くなることは否めません。

次に学校の授業では、当たり前の話ですが、その後のテストの心配はほとんどありません。これは、大人でもわかる感覚ではないでしょうか。テストというものが特別に好きな子どもはあまりいないでしょうから、せっかく実験を楽しんだ後テストがあると思ったなら、のびのびと考えるゆとりは生まれにくいと思われます。あるいは、次の公開模試に出題されると先生から指摘されたならば、考えるよりも暗記しなければならないという気持ちが先行してしまうでしょう。また、テストという他の生徒との厳格な比較がなされる緊張感も先行してしまうことは、想像に難くないでしょう。むろん学校の授業であっても単元ごとの小テストのようなものはあるかもしれませんが、難易度は公開模試その他の入試関連のテストとは比較にならないはずです。順位や偏差値を競うようなこともないでしょう。

この点にも私は、学校における教科指導の重要性があります。それは、学校の授業では前述のごとく塾のような難易度の高いテストがありません。つまり、テストという強制力が働かないわけです。しかし、これは逆にいえば、自主的・自律的に考える姿勢を培うにはとても良い条件が与えられているということです。テストという強制力がなくても考えていくという学習姿勢は、「広い視野で考える」ためには必須の条件ではないでしょうか。「入試に出る、出ない」という観点から学習内容を捉えていくと、どうしても視野が狭くなってしまします。学校における教科指導では、この点でも視野の拡大に資するでしょう。

(4)医学部受験に完勝するには、日常的な思考力の鍛練が重要

以上のように学校教育における教科指導では、子どもたちは実験も含めた学習のプロセスを通じて考え、かつテストを意識しなくてもよいので、全体的に見て「広い視野で考える」には持って来いであるといえるでしょう。そして、ここまで述べてきたならば、賢明な読者は既にお気づきだと思われますが、このような「広い視野で考える」行為は第1回において述べた中学受験における出題傾向の変化に対応しています。すなわち、知識・情報の量ではなく、知識・情報を基にして自分なりにどう考えるのか、という形態の「考える力」を重視した出題です。それは、「なぜ、そうなるのか」を自分の言葉で説明する記述型の問題の増加に代表されるものでした。

これらの点は私が先に述べたごとく、医学部受験そして合格のサポート役を長年務めてきたプロ教師としての見方から、「平素における学校の授業をおろそかにするのは得策ではない」と述べたことと繋がってきます。また、これも第2回において述べた、大学入試における得点率の高い記述式問題の現況を考えても納得していただけるのではないでしょうか。このような記述問題に対応するには、単なる受動的な学習過程ではない、日常的な思考力の鍛練が物を言います。これまた、知識・情報の量ではなく、知識・情報を基にして自分なりにどう考えるのか、という「考える力」が要請されるのです。

したがって、「現在通学している学校の授業」の受け方については、より積極的に取り組んでいく方が良いでしょう。塾や家庭教師の授業で「先に学んでいる、知っている、もっと難しいことを習っている」というプライドはひとまず捨てて素直になることが大切です。もっとも学校の先生にも知識や指導力の差はあるかと思いますが、こちらから求めていく姿勢が大切です。この素直な姿勢は、今後の受験勉強でも大切な点はいうまでもありません。頑ななプライドばかりだと、頭も柔軟に働かなくなってしまいます。そうなってくると、将来「伸び悩み」が生じる可能性もあります。そんな詰まらないことが原因で医学部入試に失敗したら、それこそ「安いプライドが高い」と揶揄される結果を招きかねないでしょう。

以上、今回は学校の授業が「広い視野で考える」姿勢を身につけるために必要である旨を説明いたしました。それでは、次回はまた別の観点から、医学部受験を完勝するためのポイントについて解説していきます。

カテゴリー:医学部受験のツボ

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