順天堂大学 小論文

2014年2月25日

確かに他大学(東海大を除く。)の医学部の小論文と比べて「出題の意図」が非常にわかりにくく、書きにくいものといえる。

しかし、翻って考えると、ここで点数差を確保しやすいともいえる。

そこで、書くには2つの視点を依り所に具体化させることにする。

①「医学部」としての小論文の
一般的出題意図
上に行けば抽象、下に行くほど具体 論理的思考力
自制心
判断力
向学心
公正さ
協調性
人権意識
遵法精神
献心
謙虚さ
②「順天大」としてのポリシー
学是「仁」 ≒ 思いやり
理念「不断前進」
・不断・・・たえまなく続くさま。
・前進・・・前へ進むこと。
2つを併せて
③素材(資料)から読み取れる情報 括弧(課題)
(論拠)
「写真」の題名 = The Walk To Paradise Garden
     ↓
・親(大人)と一緒にいない。
・子どもである。
・男の子と女の子の2人。
・男の子の方が背が高い。
・うしろ姿=表情は見えない。
・歩いている。
・手前が暗い。(地面からすると羽穴に見えなくもない。)
・進む方向が明るい。
・日本人ではたぶんない。
・手に何も持っていない。≒(虫を取りに行くとか、ピクニックに行く様子ではない。)
矢印
④論述(ストーリー展開と主題)=結論
暗い地点から明るい方向へ歩き出す男の子と女の子の話として展開し、「前進すること」の意義を主題として帰結させる。
=“The Walk To Paradise Garden”
The Walk To Paradise Garden

解答例

僕と妹は、お母さんが病気で入院してしまい、お父さんも仕事が忙しいので、今は叔父さんと叔母さんの家に預けられている。そこには、3人の子供達がいて、僕たちとそれ程年齢は変わらないから、最初は珍しがって、僕たちの住んでいた町のことを聞いたり、あるいは自分達の持っている玩具の遊び方をあれこれと説明してみせたりして、よく僕たちの傍らに寄ってきたものだった。だから、僕たちもそれに合わせてふるまってもいた。もちろん、僕たちなりに彼らに気を遣ってもいたからでもあった。

ところが、そのうち僕たちに飽きたというよりも、叔父さんたちが僕たちに気を遣ったりしてくれることへの焼き餅からか、急に彼らの態度が冷たくなった。それだけなら、当然我慢しなければならないことも分かっていたし、妹をなだめることもできた。しかし、最近では、叔父さんたちの見ていないところで、彼らが妹にいじわるをしだしたのだ。妹も初めのうちは僕に気付かれまいと我慢していたが、僕はいつもはわざとでも明るくふるまう妹が暗く沈んでいる様子に当然気付いた。我慢していた妹のことを思うと、なおさらいじらしく可哀そうで、妹の気持ちを少しでも明るくすることは無いものかと考えた。

そこで、叔父さんたちが何かの用事で夕方まで留守だったときに、僕は妹を連れて、僕たちが住んでいた町がうっすらと見える丘までいくことにした。そこは決して、楽園というほどのものではないが、いつかお母さんもよくなり、お父さんも仕事も落ち着いてきて、また一緒にすめるんだという希望というか目標を持つためにも、そこに行ってみることにした。お父さんやお母さんにもそして叔父さんたちを困らすことはできないから、今はそこまでしか行けないけれど、もちろん、そこまで行っても、僕にとってもましてや妹にとっても、とても遠い距離だけど、一歩一歩、妹と一緒に歩こうと思うのだ。

〜小論文対策〜 「医師の能力」

2014年2月7日

医大や医系学部・学科の小論文試験は、単なる大学入試ではなく、大学卒業後の職業に直結する試験である。しかもその職業は、患者の人命と人生とにかかわる専門職であるから、志望者にとって第一関門となる入試を実施する大学側の責任はきわめて重大である。この点で他学部の入試とは評価の視点が異なってくる。学力の優秀さや学問研究への興味・関心だけではなく、医療従事者を志望するにふさわしい者かどうかが問われる。例えば、共感能力、論理的思考力、自制心、判断力、向学心、公正さ、協調性、人権意識、遵法精神、献身、謙虚さ等々を兼ね備えているか否かということである。それらのすべてが最初から万全に備わっている人間など、現実にはなかなか存在しないだろう。しかし、少なくともそうした能力・資質の大切さを受験者が理解し、いくつかの点では十分な可能性を持ち、他の点についても、その獲得・錬磨を自己の努力目標とする明確な意思を持っていることが評価されるのである。つまり、将来、知・情・意のバランスを持った職業人間になりうるかを見られるのである。

とはいえ、医療に従事する者は、人間の生命を何よりも尊重し、患者の苦しみを理解して、これを少しでも緩和するように努め、又、患者の人権を尊ぶという気概を持てるか否かが最も重要である。命のかけがえのなさを想い、生きていることの価値を深く銘記できる人間かが、特に問われることになる。また、他者の痛みに対する共感能力を磨き、想像力(思い遣る心)を養っておくことも必要である。さらには、人権意識を高め、他者の生きる権利と自由な決定を侵害しないような心がけをできる人間を求められていると言える。

そこで、ここでは小論文の頻出テーマの一つである「全人的医療の実践」について述べることにする。

医師は患者と同じグラウンドに立ち、患者の医療上の問題について、ともに解決していく姿勢を示さなくてはならない。そこには医師から患者へ寄せる「共感」があり、それは互いに人間とし認め合い、信頼しあうことから始まる。

医師と患者の出会いは、病院・診療所などの場である。そこで患者は自らの生命を預ける意思をそれに足る人物かどうか判断する。ところで、医師の能力には三つある。

その能力とは、知識、技術、態度の三者であり、理想的医師とは、この三者を十分備えている者である。知識は主に卒前に教育され、国家試験で確認される。技術は主に卒後に教育される。問題は「態度」である。「態度」とは何か。「態度」とは医師としてふさわしい人間性、さらにそれをベースにした人間的行為のことを指す。

これを具体的に述べると、16項目ほどに分類できるが、そのうちの主なものについて述べる。一つ目は、医師が医師としての自覚を持ち、責任を持ち、医師として豊かな自由性、柔軟性を持っている状態を言う。次に、自らの能力の適応と限界を熟知している状態、3つ目には医師が患者自身を映す鏡の役割を果たすことのできる状態で、この情態を作ることによって、患者の自律性を育て、患者が自己決定できる関係が生まれる。そして、4つ目として、患者が納得いくまでよく説明できる状態である。患者に対して、決して「嘘」をつかない。患者を打ちのめすような言葉は使わない。言葉を選んで使える。「説明とは同意」という意味で、最近よく「インフォームド・コンセント」という言葉が使われるが、説明と同意の間には、「納得」が無くてはならないのである。そして5つ目には、自らの医療に「哲学」を持っていること。すなわち、生命観、医療観、死生観をしっかり持っていること。患者に対して、身体性はもとより、精神性、社会性まで着眼した、全人的医療を施せる状態である。

以上。

カテゴリー:医学部受験のツボ

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