論説文を初等教育段階から得意にしていく方法 (11)


~その11:論説文に強くなる読書の方法(その3)~

「論説文に強くなる読書の方法」のその3です!
今回もよろしくお願いします!

(1)人名辞典を読む

前回は、論説文に強くなるための方法として、まず「説明文から入る」ことに関して述べました。この点について私は、インターネットを入り口として、次に図鑑等を利用して視野を広げ、さらにそこから自分なりに考えてみる行為の大切さにも触れました。そこで今回は別の観点より、やはり説明文から入っていく方法に関して述べてみたいと考えています。 今回、私が説明文の具体例として取り上げるのは人名辞典です。なぜ、人名辞典なのでしょうか。この疑問に答えるためには、いささか忸怩たるものを感じますが、私自身の体験について語らねばなりません。それは、小学校4年生のときの読書体験です。

(2)「伝記」についての偏見

その頃、担任の先生は事あるごとに読書の奨励をされていました。実は、今だからこそ偉そうに「読書のすすめ」などと言っていますが、私は大の読書嫌いでした。特に学校や担任教師から指定される課題図書には、ほとんど興味はありませんでした。そのような時期に運悪く、読書感想文提出の宿題が出されたのです。そのときには課題図書のような指定はなかったのですが、一つだけ厳守しなければならないルールがありました。それは、伝記を必ず読まなければならないというルールです。一般的には、偉人伝などとも称される類いの本です。 ところで、しつこいようですが私は当時、大の読書嫌いでした。課題図書も嫌いでしたが、この偉人伝という代物も嫌いなジャンルでした。なぜなら、「歴史上における偉大な功績を残したり、後の歴史を決定づけるような活躍をしたり・・・」云々に関して学ぶことはよいとしても、その人物の誕生や幼年期まで遡った記述にどれほどの価値があるのか、という疑問を感じていたからです。

例えば、ある人物では、やれ少年の頃から聡明であったとか、慈悲深い行為がそのときから発揮されていた云々の記述は、私には非常にナンセンスに映りました。なぜなら、「子どもの頃から既に優れていた」調の記述などは、同じく子どもだった私から見れば、「生意気なやつ」としか思えなかったからです。また、その逆の内容にも辟易しました。例えば、子どもの頃には成績不振で素行不良だったけれど、血のにじむような努力の結果「こんなに偉い人になった」風の立身出世バージョンにも一種の白々しさを覚えていたからです。これは今から考えれば確かに偏見です。しかし、小学4校年生の私には、この偏見を克服するような器量はなかったのです。要するに、当時の私としては当該人物の生涯に関するコンパクトな記述と、最終的な人物評価のみを重視したのです。

(3)人名辞典に出会う

偏見の有無はどうであれ、とにかくある人物についての伝記を読んで(いや、読んだことにして)読書感想文をまとめなければならない状況を何とかしなければなりません。そこで私は一計を案じました。

そこに、前述の人名辞典が登場します。人名辞典は暗中模索しているさなか、父の本棚から偶然見つけたものです。ところが、これは私にとっては天啓を得た思いでした。人名辞典を開ければ、多くの歴史上の人物が五十音順に記載されていました。嫌な伝記にどう対処するかに悩んでいた私は、この人名辞典というものに出会って思わず感動しました。それは、まさにコンパクトなまとめ方に対する素直な感嘆でした。個々の人物についての簡略な行動と履歴。事績・思想・人間像についての飾り気のない記述。略説的な人物評価等々。まったく無駄な記述無し。これさえあれば、七面倒な伝記の読破などしなくて済むと、私は確信しました。

また、この辞典では日本人と外国人が併記された記載形式だったので、「ひ」のページを見ると、卑弥呼とヒトラーについての説明がありました。これも私を大いに驚かせました。それは、時代を飛び越えた形で東西の様々な人物についての勉強ができるからです。とにかく私は人名辞典を繙くことで、ある人物における簡潔な説明のみを学び、その感想を作文にして無事に担任教師に提出し、事なきを得ました。そこに何ら問題は生じませんでした。

韋編三絶という言葉があります。孔子が晩年『易経』を好んで読み、綴じた革紐が何度も切れたという故事から生まれた四字熟語です。書物を繰り返して熟読することを意味しますが、私も以後この人名辞典をボロボロになるまで折に触れてページを繰り続けました。

(4)人名辞典からの発展学習としての思考過程

以上のように、私は拙い読書経験の中で人名辞典の便利さに感動したわけですが、論説文を得意にしようとする場合の、その前段階としての人名辞典はとても役立ちます。それは前述のごとく人名辞典では、一般の伝記などとは違い必要な知識だけがコンパクト書かれていて、とても読みやすいからです。また、これも既に述べましたが、同時に違う時代に生きた人物に関しても学べます。そこで、説明文として生徒諸君はページを繰りながら、自分の興味・関心の高い人物に関する記事だけ読めばよいのです。これは、いうまでもなく説明文に関する立派な勉強です。

例えば、先ほどの「ひ」のページにおける卑弥呼についての記事を読んだとしましょう。周知のごとく、この卑弥呼に関しては謎の女王であり彼女が治めていたとされる邪馬台国もまた、日本のどこにあったのか謎に包まれています。そして、もし生徒諸君が、その謎に高い興味・関心を覚えたならば、今度は人名辞典だけではなく調べ学習として他の関連図書にも当たっていくことをお勧めいたします。その際にはインターネットの検索も当然有用であると思われますが、既に述べたように決してそれだけでは終わらないでください。例によって、インターネットは入り口に過ぎないものと思ってください。そこからの思考の発展が大切なのです。

そうして、調べ学習を進めて行った結果、卑弥呼に関する情報収集からさらに発展して、邪馬台国の所在地の謎にも興味・関心が向いてきたとしましょう。邪馬台国に関しては、これを九州であるとする説と近畿大和であるとする説が明治以後対立しています。いわゆる邪馬台国論争といわれるものです。もし、生徒諸君が邪馬台国論争に対して学習上の魅力を感じ、かつこれについて自分自身も考えてみたくなったならば、もう御の字(非常に満足なこと)です。なぜならば、その生徒は、もう説明文の一種としての単なる人名辞典の一項目から飛び出して、さらに調べ学習を経た上で「自分の考察を加える」プロセスを踏んでいる結果となるからです。すなわち、論説文の論理構造までの発展的な思考過程を経験したことになります。繰り返しますが、論説文とは、説明文プラス考察文です。すなわち、説明文の発展形が論説文なのです。

(4)人名辞典からの発展学習としての思考過程

人名辞典を読む知的楽しさに浴したならば、同じ方法で他の人物についても調べ学習を行い、同様のプロセスを体験してみるとよいでしょう。先述の通り、私は卑弥呼とヒトラーについての説明が同じページに記載されている点についても感動しました。これも人名辞典の学習上における便利さの一つです。または、楽しさの一つともいえるでしょう。これは端的にいえば、そのまま古代史と現代史を同時に学び、かつ考えるための好条件を与えられていることを意味します。

古代史と現代史は全然違うカテゴリーです。一般的な歴史関係の文献では、同ページにおいて、違う時代の人物が論じられたり考えられたりすることは、ほとんど皆無に近いでしょう。それが人名辞典では違います。人名辞典では、時代のまったく異なる人物についての説明が、同じページかあるいは近いページに記載されているのです。これは、読者である生徒の興味・関心の幅を広げ、かつ視野を広げることに役立ちます。生徒諸君は人名辞典を調べる際には、「あ」から順次見ていくのもよいし、もしくはアトランダムにページを開くのもよいでしょう。そうやって、「これっ」と思われる複数の人物について読んでいけばよいでしょう。そして、さらに調べ学習を行って思考を発展させていってください。

以上のように、論説文を得意にしていくための、「説明文のからの入り方」に関しては、人名辞典もまた非常に効果がある点をご理解いただけたと思います。このような説明文からの入り方については、次回はさらに別の観点から説明いたします。

ありがとうございました!
次回の第4回も楽しみですね。

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